皆さんは普段、「愛」っていう言葉をどんな風に使っていますか? 「家族への愛」「恋人への愛」「推しへの愛」……。
現代の私たちにとって、愛(ラブ)ってすごく尊くて、ポジティブで、美しいものですよね。
でも、ちょっと待ってください。 もし皆さんがタイムスピンして江戸時代に行き、気になる人に「愛しています!」なんて言ったら、大問題になるって知ってましたか?
今日は、知るとちょっと面白い「愛」という言葉の黒歴史と、昔と今の価値観の大激変についてお話しします!
1. 江戸時代の「愛」は、ぶっちゃけ「ヤバい感情」だった
まず結論から言うと、明治時代より前の日本で「愛」という言葉は、めちゃくちゃネガティブな意味で使われていました。
当時の「愛」は、主に仏教の言葉。 意味は、「執着(しゅうじゃく)」や「ドロドロした迷い」。
モノや人に執着しすぎて、心が囚われて正気を失ってしまうような、いわば「煩悩の塊」みたいなニュアンスだったんです。現代で言うなら「メンヘラ的な重すぎる執着」とか「依存」に近いかもしれません(笑)。
じゃあ、江戸時代の人は「ラブ」をどう表現していたの?というと……
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恋(こい): せつない片思い
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情(じょう): 相手を思いやる深い絆
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色(いろ): ちょっとオトナな男女の関係
こんな風に使い分けていました。遊郭のドロドロした大恋愛でも、使われていたのは「愛」ではなく「情(なさけ)」や「意気(いき)」だったんですね。
2. 「愛」のイメージを大改造した、明治の翻訳家たち
そんなダークヒーローだった「愛」が、なぜ今のような「ピュアで美しいもの」に変わったのか? 犯人(?)は、明治時代の翻訳家たちです。
明治時代、海外から英語の "Love" や、キリスト教の「神の愛(無償の愛)」という概念が日本に入ってきました。 当時の知識人たちは頭を抱えます。
「"Love" を『恋』とか『色』って訳すと、なんか生々しくてエッチな感じになっちゃうな……」 「神様が人類を包み込むような、あのクリーンで壮大なニュアンスを日本語にできない!」
そこで白羽の矢が立ったのが、まさかの「愛」でした。 「よし、この仏教用語の『愛』って言葉を使って、これからは "Love" の意味ってことにしよう!」と、力ワザでイメージチェンジを図ったのです。
これが大成功。 おがげで「愛」は、元々のドロドロした意味を脱ぎ捨て、「お互いを尊重し合う、人間として一番キレイな感情」へと奇跡のクラスチェンジを果たしました
ちなみに、戦国武将の直江兼続が兜に「愛」ってつけていたのも、「ラブ&ピース!」ではなく、仏教の戦いの神様(愛染明王)や「民への慈悲」の意味。決して「愛を叫ぶ武将」だったわけではありません(笑)。
まとめ:言葉は時代で生まれ変わる!
私たちが当たり前に使っている「愛(ラブ)」は、実は明治時代の人たちが必死に作った「ハイブリッドな造語」だったんです。
もし江戸時代の人がタイムスリップしてきて、J-POPの歌詞を聞いたら、 「えっ、今の若い人はあんなに『執着して迷妄に囚われてる(愛してる)』って大声で歌ってるの!? 正気!?」 って、腰を抜かすかもしれませんね。
言葉の歴史って、掘り下げてみると本当に面白いものです。 皆さんは、ドロドロした江戸時代の「愛」と、今のクリーンな「愛」、どちらが人間らしいと思いますか?



